東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1360号 判決
控訴人は、「仮りに、被控訴人主張のような代物弁済に関する契約がなされたとしても、債務不履行の場合の担保として、被控訴人が譲り受けることを約した物件の価格は、土地建物を併せて合計約八十万円に達するので、僅か二十万円にすぎない債権を担保するために、このような高額の物件を譲り受けることを約した右契約は、公序良俗に反し無効であるから、被控訴人は本件物件の所有権を取得しえない。」旨主張するので判断する。原審証人岩楯さだの証言によると、当初代物弁済の予約の目的とされた物件の価額は、土地と建物を併せ合計約百万円、原審での被控訴本人の第一回尋問の結果によると、右価額は約八十万円というのであるから、少くとも右物件の価額は約八十万円を下らないものであると認めるを相当とする。原審での被控訴本人の第二回尋問の際の供述中、右認定に添わない部分は、前掲各証拠に照して信用できない。してみると、被担保債権額二十万円と担保物件の価額八十万円との間には、いささか権衝を失するがまだ甚しく超過したものとも認められない。しかしながら、金融業者は初めから担保物件を代物弁済として取得し、または処分することを目途として金融をなすものとは限らないのであり、金融業者の中には、元本から生ずる利息により利殖を計ることに専ら重点をおき、いわゆる担保は寝せたままで利息を稼ぐ業者もないわけではなく、このような金融取引は債務者側からしても比較的安全であり、債務者としては金利を支払いつつやがて担保権を消滅させることができるわけである。従つて、かような金融取引では、担保物の価額が被担保債権額を甚だしく超過した場合はかく別、多少超過した場合には、それだけでは問題ではないのであつて、それに加えるに、金融業者が巨利を博するために債務者の窮迫に乗じて、そのような担保物を初めから取得しまたは処分する目途のもとに提供させたという場合にのみ問題になるのである。これを本件についてみるに、被控訴人が前記のような担保物を提供させるについて、巨利を博すべく前示さだの窮迫に乗じて、右物件を初めから処分する意図であつたということについては、これを認めることのできるなんの証拠もない。反つて、上記認定のように、さだは年令の若い息春雄の所有する不動産を担保として、たびたび他から金銭を借り入れ或は土地を分筆処分する等一切を春雄を代理してなしてきた事実に徴すれば、さだにおいて本件物件を担保物として提供したことが、その無経験且つ軽卒に乗ぜられたものとは断定できないばかりでなく、むしろ右事実と、さだが本件物件を被控訴人のため担保に供した後、右物件の中土地については、これを分筆してその一部を他に譲渡したという前記認定の事実を併せ考えてみると、さだは本件のような金融取引には相当の智識経験を有しており、本件取引はさだの窮迫または不知に乗じてなされたものでないことが認められる。また、本件取引では、弁済期が僅か一ケ月後に定められたことは上記認定のとおりであるけれども、一方原審及び当審証人岩楯春雄、当審証人板橋勝夫の証言を綜合すれば、前説示のとおり、被控訴人から金二十万円を借り受けたのは、春雄の母さだがパチンコ屋の経営資金に充てるためであつたところ、パチンコ屋は儲けが大きいから右借入金程度の資金の回収は容易にできるものと期待していたことが認められるのであつて、そのように期待することは、パチンコ屋を経営する者としてあながちありえないことを期待したものとも断定できない。従つて、本件金融取引で弁済期が短く定められたという理由によつて、さだが無知軽卒に本件取引をなしたものとも断定できない。従つて、被控訴人が債務者側の窮迫軽卒無経験なのに乗じて巨利を博することを目的として、なされたことを認めることのできる証拠のない本件では、担保物の価額が被担保債権額の四倍に当るという理由だけでただちに本件代物弁済の予約が公序良俗に反し無効であると解することはできないから、控訴人の右主張は採用できない。
(村松 伊藤 杉山)